港・船文化

なぜ、築港には、全国の住吉社・高野山の中でも別格の「港住吉神社」「築港高野山」がまつられているのでしょうか?
大阪の発祥の一つは、「ベイエリア・みなとまち」(住吉津→旧港(築港)→新港(咲洲舞洲夢洲))であり、さらに、いまの「ベイエリア」全体のふるさとは「川口~築港地区」(大阪のふるさと宝島)なのです。
最初の大阪は、ほんとうは港町住吉津・難波津からはじまりました。大阪港は、世界的国際港で「出世港」(遣唐使・遣隋使)でした。弘法大師も船出し、龍馬・お龍が日本最初のハネムーンに旅立ったのもここです。だから、海の守り神の近代の港への出張所「港住吉神社」があり、開祖弘法大師の留学出発地に「築港高野山」が建ったのです。築港は、むかしのりんくうタウン・出発ラウンジでした。

そこで・・・
(1)港・船文化について研究しよう!
(2)港・船文化を呼び起こそう!歴史、船員文化、船の記憶・・・
(3)港・船文化をアピールするブランド化のまちづくり
(4)「港・船文化」の「見る・食べる・買う」を発見し、みがこう!

このページでは、港・船文化に関する情報を提供してまいります。

築港地図3(港・船文化)

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